遊具のない遊び場

年をとってから見返して笑えるようなに 。twitter @michiru__nagato note https://note.com/a_maze_amazes_me

汚いから、出すの止めた

うどん

 

 

「うどんフリスビー……」

フリスビーが禁止された公園で遊ぶための手段として、村崎芋男が提案してきたのは冷凍うどんをフリスビー代わりにしてフリスビーをするというものだった。プラスチック製ではないので、それは最早フリスビーではないのである。しかし、競技性は似ている。

そもそもフリスビーが禁止になったのは、頭つんつるてんの老人にぶつけてしまったからで、もちろんその老人はカンカンになって市役所にクレームを入れに行った。普段なら絶対に人にぶつけたりはしない。僕らはフリスビーに関してはプロ中のプロだからだ。僕が思うに、そのようなミスをしたのは、負けたらフリスクを一箱まるまる食べるという罰ゲームがあったからだ。この勝負に負けた人間は「うんこゆるゆる」という不名誉な称号を得てしまうという予測を(僕を含めて)三人とも抱いていただろう。そして、「うんこゆるゆる」はあだ名となる。

うだるような暑さの中で氷のように冷たい緊張感に包まれた僕らだったが、確かにフリスビーにのめり込みすぎていた。村崎が滑り台の上、海老名はアスレチックの上、そこから地上に僕がいる。正三角形でラリーを続けていくと、足つぼマッサージを終えて頬を上気させた老人がアスレチックの影からすっと現れるのに気がつかなかった村崎は腕を振りぬいてしまった。

三十回を超えるほどのラリーを経験した者は自分の手元が狂わないように集中しているので、老人を気にしているほど余裕がなかったのだ。

「これは名案だと思わないか?」と、うんこゆるゆるが言った。うんこゆるゆるゆるのうんこはまだゆるゆるなのだろうか? と今朝ゆるゆるのうんこを出した僕は考えた。

「確かに、うんこゆるゆるの言う通りだ……。だけど、うどんフリスビーだとケツにフリビーが付いているから、フリスビーとして受け止められるんじゃないか?」

海老名がケツと言った瞬間、僕は吹き出してしまった。全く面白くないのに。そして、僕は新しい提案をした。

「ケツに考案者の名前を付けたらいいと思う。うどんうんこゆるゆるってのはどう? なかなか拭き取れそうにないでしょ」

「殺す!」

 うんこゆるゆるが急に立ち上がって、そう宣言した。我慢できなかったのかもしれない。

「ごめん。さっきの発言、撤回していい?」と僕は一応、言ってみた。

「ダメだ。出したものは、もう戻らない」とうんこゆるゆるはふんばる時みたいに顔を赤くして言った。

「うんこと一緒じゃん」と海老名は笑いながら言った。

「殺すぅ!」と僕はうんこゆるゆるの真似をした。

「マジで殺す。お前ら殺してやる」

 どうやらうんこゆるゆるは本気で怒ってしまったので、さすがに僕らも慌てて謝った。三十分間ずっと謝りっぱなしだった。便秘気味の姉や漫画を持ち込む兄のトイレ時間と同じぐらいの時間、謝った。

 ようやく、僕らを許してくれたうんこゆるゆるは「うどんフリスビーで負けたやつ、フリスク食えよ?」と言った。「それはいいけど、結局さ、名前どうすんの?」と尋ねると「うどんビーとかでいいんじゃない?」とにべもないことを言った。

「まあ、それでいいか。それで誰がうどん持ってくるの?」

「あ、じゃあ、俺持ってくるよ」と海老名。

 

 翌日、僕とうんこゆるゆるが炎天下の下、遊戯王をしながら冷凍うどんを待っていると、ガシャーンと大きな音がした。僕らは音のした方へ向かい、膝小僧に唾を付け入る海老名と、その少し先に太陽の光を受けて輝いている剥き出しのうどんを見た。冷凍うどんが溶け始めているのか白いコンクリートが黒くなっていた。うんこゆるゆるはうどんを見つめたまま微動だにしなかった。

「大丈夫?」

顔を歪めた海老名に声をかけた。

「いや、無理かもしれない。今日はうどんビーに参加できない。腕、やっちまった」

「そしたら、仕方ないかあ」

内心ホッとしたのもつかの間、海老名が恐ろしいことを言った。

「なあ俺の分まで戦ってくれないか……?」

 海老名は微笑んだ。何かを我慢するみたいに、とても力の入った微笑みだった。

「いいや、君は嘘をついている!」

うんこゆるゆるが叫んだ。海老名は事前に打ち合わせでもしていたかのように、スラスラと説明した。

「嘘なんかついていないぜ。裸の冷凍うどんがぽろっと手から滑り落ちて、バランス崩したんだよ。お前らも聞いたろ。ガッシャ~ンって音」

「いや、聞いたが、おかしい! うどんがそんなにに溶けるなんておかしいんだ。ほら、見てみろよ。このうどん、あまりに溶けすぎている!さては君、罰ゲームを逃れるために、わざとやったね。さあ、こっちに来るんだ。やるぞ! うどんビー」

 彼はそう言って海老名の腕を掴み、強引に連れ出した。僕は海老名に近づいて、なんで嘘をつき続けなかったのか聞いた。そしたら、嘘はダメだって昨日、怒られたばかりらしい。

「それに、うどんはもう溶けるだろうし」

 その言葉通り、うどんビーが始まるころ、冷凍うどんはぷにぷにしていた。そのうちばらばらになるだろうと確信を得た僕は、出来る限り投げる動作に時間をかけた。最初に投げ方にこだわった。アンダースローサイドスローオーバースローか、悩んでいるふりをした。

 海老名も同じように時間をかけた。時折、うんこゆるゆるが「早くしろ!」と怒鳴ったが、気にしないように心掛けた。彼にしてみれば、うんこゆるゆるという名前を失いたかったに違いない。だから、こうして、うんこゆるゆるの称号を他人に擦り付けようと躍起になっているのだ。

「お前ら、冷凍うどんが溶けた瞬間、持っていたやつがフリスクな」

「正気か?」

 僕は言いながら冷凍うどんを投げた。それを海老名が受け取った。

「そんなの狂ってる」

 海老名はそう言いながらうんこゆるゆるに向けて投げた。

「俺のことを、うんこゆるゆるって呼んでるお前らが一番狂ってるよ」

 うんこゆるゆるは、そう言いながら冷凍うどんをがっしりキャッチした。

「でも、学校だとちゃんと名前で言っているじゃないか!」

 僕らは異議を申し立てたが、うんこゆるゆるは聞く耳を持たなかった。

 そしてとうとう、その時がやって来た。もう端っこの方がぷるぷると足を震わせている。

「なあ、罰ゲーム止めようぜ。もう村崎のこと、うんこゆるゆるなんて呼ばないから」

僕は、うんこゆるゆるになるリスクを考慮して、みんなにアグリーしてもらえそうなWin―Winな提案をした。そうして、ぎりぎりまで溶かしてから海老名に冷凍うどんを投げた。

 僕が投げた玉を受け取った海老名も「こんな不毛な戦いやめにしよう」と言いながら、ちゃっかり時間を使って投げた。

海老名の玉を受け取った村崎は「確かにそうかもしれないけど……」と言って俯いた。

「わかってくれるのか」と海老名は嬉しそうに言った。それに重ねるようにして、僕は「そうだよ村崎。今まで俺ら狂ってたよ。ごめんな」と言った。

 村崎の表情は読めないが肩を揺らしている様子から、彼は泣いているのだと思った。僕らは彼をこんなにも追い詰めてしまったのかと、さすがに反省した。

 その時、あの老人が僕らの方へ向かって歩いて来るのが分かった。「フリスビー禁止!」と言われ説教されるのは面倒だったので、僕は村崎がフリスビーを止めるように願い、そして「本当にごめん」と祈るように言った。

 しばらくの沈黙。俯いたまま大きく振りかぶった村崎を見て、僕は絶望した。

「バーーーーーーーーカ。嘘に決まってるだろ! 俺と同じ苦しみを味わえ!」

それは空中で広がり、完全にバラバラになった。その時の村崎の表情は忘れることができない。ダイソンの羽なし扇風機みたいな口と、飛び出すんじゃないかと不安になるほど開かれた眼。

 

うどんはめでたく、ハゲの頭にぶっかけられた。白いドレッドヘアー……。