遊具のない遊び場

年をとってから見返して笑えるようなに。

四月ごろにクルサーに寄せた現行(少し変えた)

 題名は任せるわ。あるけど言わないわ

 

 

 

その日、移住手続きをするために市役所に向かった。

 私が訪れたのは合併元の市役所ではなく、それなりに愛着のある地元の図書館兼市役所だ。中学、高校の時によく勉強しに来ていた記憶がチラついた。私の住む市は元々一つの町だったが、数年前に隣の市と合併した(厳密にいえば吸収された)。そのため、人口の流出を防いでいるように見える。

 現在この国から隣国へと移住する家族や労働者、学生は後を絶たない。国が人口流出にはどめをかけるために規制をかけはじめたのは今から十五年ほど前からだった。それまでは、各々が望む形で移住をしていた。船に乗ってスパンコールが光を反射しているような水面の上を船を使い向こう側まで渡ったり、刃物を使ったり、薬を使ったりして、隣国へと移住を図った。私のような能天気は、その社会的な流れの中で暮らしていても、その流れを意識できず、もっと後からでも移住できるだろうし、その方が安全だと考えていた。

 密出国者が増えていると夕方の報道番組で取り上げられていた頃、本当にそういった事があるのか疑問に思う事も多かった。電車は訳知り顔でレールの上を走り(しかも、車内は満員なのである!)、都会は波のように人が歩いていたし(波は永遠のように打ち寄せ離れていくから)、ごくたまに見るゴールデンタイムのテレビ番組には馴染みのタレントが出演していたから、自分には関係のないし、大したことじゃないと思っていた。

 だが、私が大学に入学した年に、規制が緩和され移住が法的に、公的に認められた事によって明確になった。大学の次年度からの入学者は減り始め、まざまざと流れを見た。大学に入学してしまった以上、それなりに友達が出来てしまった以上は移住することは、それなりの勇気が必要だった。そうして、その事も気にしなくなり、四年になった。私が就活している時には売り手市場とニュースで言っていたし、そのころには地方の私立大学の大半は無くなっていた。

 それなりの危機感を覚え手続きの申請をしたのが一年前の事で、五日ほど前にやっと自分の番がやってきた。暮らしを変わるという妙な期待に感電し、ここ数日の仕事は身が入らなかった。未然に防ぐことのできる失敗を重ね、年配の上司に嫌味を言われていたが、もう少しで移住するのだと思うと気にすることは無駄だと感じた。

 時刻は午後一時半、移住ガイダンスは二時からだ。少し早くついてしまったので煙草を吸っていると見慣れた面影の男が現れた。

 彼は八月のうだるような暑さの中で、わざわざ日陰に入らずギラギラ輝くタイルの上で恨めしそうに眼をすがめて空を見ていた。しかし太陽子が眩しすぎたのかすぐに視線を真っすぐに目に向け、それから、私の方を見た。彼の視線には温度がなかった。

「お、お前、あれだろ」

 どもりながら問いかけると、彼は手を眉に添え私を見た。

「あ、ダッモじゃん。おひさ」

 彼は目を見開き驚いた様子で、私の肩に触れた。この暑さでどうして人に触れようと思ったのか不思議でならない。彼の着ているシャツは大きすぎて見ているだけでも気怠さを感じた。

「ひさしぶり、須野」

私が彼の名前を言う事が出来たのは、そのシャツが彼に好きなバンドをモチーフとしたものだったことも関係ある。まだ、そのバンドが好きな理由を聞けていない。

須野とは高校の頃、遊びの延長線上に位置する部活が終わってからも遊ぶような仲だった。だけど、卒業してしばらく会わないと、何を離せばいいのかわからなくなってしまう。須野は煙草に火を点けた。

「今日は暑いよね。一等と」

「そりゃ夏だからなぁ……」

この距離感が懐かしかった。私は過去を生きているような気分になって、中途半端に言葉を発しようとしたが、あーだとか、うーだとか意味のない音を出していた。何か他に言う事がないのか探して、思いついた瞬間に口から出てしまった。

「これだけ暑いと雨でも降れば涼しくなるのかな」

 雨は嫌いだった。夏に来る雨は大抵雷も一緒にやってきて自分の部屋に籠りがちになる。そうなると、部屋で繰り返される空虚さの苦痛が襲い掛かってきて何もしていないのに疲れてしまい息苦しくなるから。

「そうだな」

 私は須野に話す事がなくなってしまったと思った。もう会話は終わり、セミの声ばかりが聞こえてしまう。それはそれで乙なものかもしれないが、吸う息は誰かが顔面に向けてため息を吐いたような気怠さと、それに呼応して得体のしれない熱っぽさが含まれていた。

 じっとりと額に浮かび始めた汗を黒いシャツの袖で拭うと、その様子を見ていた須野が、金属が擦れるときに発する音のような引き笑いをした。私は笑う理由が解らなかったが、その音を聞いて心地よさを感じた。たとえ笑われていたとしても。

「え? 笑う要素あった?」

「うーん、まあ、そうだなぁ。今度はハンカチ持って来いよ」

 彼はくしゃくしゃな笑顔を見せながら、そう言った。私は煙草を灰皿に落とした。ジュ。

「ハンカチは持ってきているんだが?」

「え、なんで?」

「こっちが、聞きたいよ」

 私は彼の意図が分からなくなり、それと同時に彼は私の行動が不可解だと思っているようだった。了解が取れない以上、そして了解を得るためには疑問点を指摘しなければならないが、それによってノロマな感覚を得るのだと思うと、彼との会話を継続するには面倒に思えてきた。私は彼との会話に対して、何らかの利益を欲していた。過去のわだかまりを解決、あるいは吹き飛ばしてしまうような大きな衝撃を求めていた。からまっている過去を失くして新しく交友できるようにと。

 彼の中指と薬指の間に挟まれていた煙草には、火はもう点いていなかった。フィルターの焼ける甘ったるい匂いがした。

 私は彼に移住手続きガイダンスのために、ここに来たのかを聞くべきだったが、それをするわけでもなく、室内に誘った。

 「まぁ、いっか。中入ろうよ」

 彼は「おー」と間の抜けた返事をした。

 

 私たちが同じ目的で市役所に来ていたことが判明し、人で敷き詰められた教室ほどの狭さの会議室の最前席から二番目に座ったのは、ガイダンスが始まる十分前だった。須野が隣に座っていると高校生の頃を思い出す。しかし、パイプ椅子がぎゅうぎゅうに敷き詰められているため、人との距離があまりにも近く、居心地は最悪だった。窓に近い事以外に良い所なんて何もなかった。ここで私が嘔吐したら皆一様に背中を丸めてゲロを吐くのだろうと思い自分を慰めた。それはそれは多様なゲロが、電灯が反射している地面に散らばるだろう。私はそのころには胃の中にある物を吐き出し切り、他人の喉が震える音を聞きながら、不適切な笑みを浮かべ、その光景をうるんだ瞳で見つめているだろう。ピントのぼやけた視界によって現実感が喪失し、それに対して超越的な感覚を呼び覚まし、知らぬ間に自分の中に入り込み、やがて自身を客体化しては二重人格を気取っては、その光景を見ている自分が笑っている事に、感心してしまうだろう。前席に座っている女は日焼け防止のつもりか長袖を着ている。萌え袖だった。おそらくニンジンやコーンなどの健康に気を使っているようなゲロを吐きだす。必死に口を押えても萌え袖で隠しても繊維を抜けて具材のないゲロが現れ、それから息が出来ないため手を顔から離すと袖に形を残したコーンやニンジンがちょこんとあるのだろう。左隣に座っている須野は昼飯を抜いているのか味噌っかすみたいのゲロを吐きだす。右隣に座っている緊張からか強張っている面持ちのじゃりっぱげの中年は、出来うる限り嘔吐感をこらえながら室外に出ようと経路を探すのだが周囲にはゲロを吐き動けない人間ばかりであることに気付き、混乱した頭で尊厳を保つためにはどれが最善かを必死に考え、何をトチ狂ったか窓を開け二階にあるこの会議室から、外に向けて吐き出すだろう。落下地点にある花壇にはゲロが降りかかり、蜜を取りに来ていた虫や蝉の死骸は全身にゲロを浴びる。

 私が妄想をして不快感を打ち消そうとしていると、須野がいかにも重要な事のように声のトーンを落として話しかけてきた。周囲のはしゃいだ子供のような会話が邪魔でほとんど耳に入って来なかった。須野の声は低く、加えてくぐもっているから余計に聞き取りにくい。中学の頃も同じようなことが何回もあった。

 私は「何言ってんのか分からないよ」と聞き返したが、それも須野に届いているか怪しかった。だからと言って大きな声を出すことは躊躇われる。

 私は仕方なしに、手に持っているプリントの束をパラパラとめくりながら読み流していたが、半分も行かないうちにガイダンスが始まってしまった。

 それはとても退屈だった。柔和な態度で語り掛けるように喋る男は、本当に移住したいのか自分自身で考えてくださいという話を、統計データと自国の現状を交えながら何度も言い換えながら繰り返す。マイクを握っていないほうの手は、せわしなく動き続けていた、数字を数えるように一本ずつ畳んだり、掌を見せたり、また握りこぶしをつくったり。その動作は、この説明を何度もやってきた人間だからこそできる事だった。既に彼は私たち移住希望者に興味や引き留めようとする意志さえなく、ただ一つの慣習として説明をしているに過ぎないのだ。

 十分ほど経った時、私は睡魔に襲われ、吐き気と混ざり合ったそれに耐えるように自身の舌を強く噛み、苛立ちで膨らんだ意識の中に押し込んだ。誰かが銀色に鋭く光る針で突いてくれたら楽になるのかもしれない。

 ついに睡魔が吐き気に競り勝ち、私は船を漕ぎ始め、そこに居ないマイケルという存在に漕げよと急かされながら、なんとか起きているつもりだった。マイケルが船を漕ぐ目的は川の向こう側に居る母親の下に行きたいといったもので、私はただ手を貸しただけなのになんでケチ付けられなきゃいけないんだと脳内劇場を繰り広げながら。

 睡魔の波を越え、まだぼんやりとしている意識で顔を上げると、私に対して多くの視線が注がれているのに気付いた。

「はい、みなさん。ここからは大切な話なので、しっかり集中して聞いてください。くれぐれも居眠りをしないようにお願いしますよ」

 スクリーンの前で喋る男がそう言うと、周囲から忍び笑いが起こり、急に喚きだして部屋を飛び出したいという衝動にかられたが、私は移住がしたくてここに居ると再確認し、輪郭が把握できるほど熱くなった顔と耳が平常に戻るのを、じっくり待った。

 もうすっかり目が覚めてしまった私を須野は励ますためか、それともからかうためか白目をむいた顔を見せた。それを気にせず、前に居る女の頭をなんとなく見た。首筋からつむじまで視線を彷徨わせてから、スクリーンに視線を戻し、清潔感の塊のような説明者を眺めた。ノリの効いたワイシャツと固められた髪の毛、どこか機会じみた説明が、退屈だと感じる理由なのだろうか。

 ガイダンスはきっかり二時間で終わった。大切な話だと言われた部分は書類の記入事項の事で、どこになにを記入するのかを、単に説明しているだけだった。終わってみれば、こんな簡単なガイダンスでいいのかと疑問に思ってしまう、物足りないな、と思いながら須野の背中を追いかける。

「お前、暇かい?」

「暇」

「なら、ちょうどいいね。この後ちょっと買い物に付き合ってくれないか」

「それは面倒だなぁ」

「そうか。じゃあ喫煙所行かないか?」

「それも嫌だなぁ。人が多いと気分が悪いし、どうせ喫煙所もそれなりに人がいるし外だから暑いし、なんだかなぁ」

「それなら、飲み物でも買って落ち着いてから喫煙所、行こうよ」

「いいね」

 私たちは一階に降り自販機でジュースを買った。そして昼過ぎには老人たちが談話しているスペースに向かい、小さなベンチに腰掛けた。日が伸びたにもかかわらず、明るい室内に老人の姿が見えないと違和感が残った。

「それで、どうなの最近」

 地域ボランティアの募集や、マラソン大会の出場者の募集、混沌こそ我が墓碑銘と書いてあるポスターなどが貼ってあった。

「特に何もないなぁ」

 多分、本当にいつも通りなんだろうけど、そのいつも通りが知りたいと思った。

「須野はなんの仕事してんの。ぷー太郎?」

「ぷーではないけど、まぁそれに近いフリーターってところかな」

「じゃあ、あれだ夢追い人だ。何かなりたいものとかあるの?」

「そりゃあ、あるさ。まずは水原キコ、次に石原さとりに新垣唯、次に田中マルクス闘莉王、木とか数えればきりがないくらいに」

田中マルクス闘莉王

「逆に、お前はなりたいものとかないの?」

「特にないなぁ」

 確かにガッキーにはなってみたいけども、あくまで憧れの存在だ。ガッキーの顔になってもやりたい事はない。

「というか、それは本当になりたいものなのかい。WISHなんじゃないの? HOPEではなく。俺が聞きたいのはHOPEの方のなりたいもんだよ。何か目指しているものとかないの?」

「バンドマンになってヒモになる!(音楽で飯を食う!)」

須野が即答した言葉は、私からしてみれば現実離れしていて聞いた瞬間は違う言語かと思った。やっと脳が追いついた時に自然と口角が上がっている事に気付いた。これは納得から出てきた安心の笑みだ。

「なるほど、なるほど。確かに須野は音楽が好きだったし、ギターが家に会ったなぁ。今日もバンドTシャツ来ているし。楽器は何やってんの?」

「ギターボーカルやってんだ。俺はやってやる。こっちでは芽が出なかったけど、向こうはロックがヒットチャートを独占しているらしいからな。出来ない事じゃないと思う」

 私は彼が移住する理由を持っていることに驚き、心を動かされた。私は理由を持っていないが、持ちたいと思った。が、それは到底無理な話だ。自分自身がよく理解している。

 

 移住日の朝、起きると蚊に刺されていた。夜中に一度目が覚めて薬を塗った事は覚えているが、窓は開けっぱなしで占めるのを忘れていた。香取ベープのスイッチは入っていたのだが、駄目みたいだった。

 夏の朝は涼しい。日が昇り切らないうちに家を出ると嘘みたいに清々しい空気が肺の中に入ってきた。

 一度市役所に集まり、バスで国境近くにある検問所を経て、入国することになる。ガイダンスで説明された事なのだが、海外旅行と同じようでいて大きく違う点が二つある。入国できるのは移住を前提とした者のみである事と、もう一つは忘れてしまった。すぐ忘れる癖は直した方が良い。

 市役所まで歩いていると、同級生が住んでいた家が売りに出されていた。彼も移住したのだ。もしかしたら、向こうで会えるかもしれない。そう思うと気分が晴れた。犬の散歩をしている女とすれ違い、小さな公園を横切るとラジオ体操をしている小学生たちが見えた。

 坂道を登っていると、小学生が自転車のペダルから脚を放し、涼しい風を思う存分感じながら下って行った。

 冬には剥き出しの枝を見せていた木々も、緑色の葉に太陽の光を反射していた。横断歩道を渡っていると、葬式の案内用看板が置いてあるのに気付いた。久しぶりに見た。

 途中で須野に会った。どうせなら一緒に行こうという事になった。彼は私が背負っている荷物を訝しげに見つめてから前を歩き始めた。散歩ほど歩いたところで的を射抜くように短く息を吐いた。

 市役所に集合時間ギリギリに到着した。職員に名前を告げると私と彼が最後らしかった。職員が号令をかけ、今日の予定を話し始めた。その時に、ようやく、誰も荷物を持ってきていない事に気付いた。隣にいる彼に尋ねると、荷物は持ち込めないから誰も持ってきていないという事だった。なんで教えてくれなかったのかと聞くと、聞かれなかったしガイダンスで言っていた、と返ってきた。そうなんだ、と理解した。

私は荷物をどうするか決めかね、職員に聞いて、そこに置いておいてくれれば処理します、と言われたので、自販機の横に荷物を置いた。自分の好きな小説、自分の好きな音楽、自分の好きな漫画、家族の写真、自分が気に入ったいる服、自分が気に入っている雑貨、それらを詰め込んだ登山用の大きなリュックを音を立てずに置いた。バスに乗り込んだ。

 

 

 

 

書くのって難しい。隣国は黄泉の国をイメージした。つまりこいつらは集団で黄泉の国に行こうとしている訳でな。

これを書こうと思ったのは、成人式に友達が来れなかった事と、座間の集団自殺事件(今調べたら自殺志望者を集めて殺人していた事件だった)があったからなんですよね。

しかもツイッターを使って連絡していたっているもんだから、SNSって怖い所もあるよなって思ったので。

それに自己責任だっていう意見もあって、それでもやっぱり僕はなんだかなぁと思うんですよねぇ。死んでいるのに責任も糞もないのに誰に向かって呟いているんでしょうか(ここらへん、僕もよく覚えていない。けど、そういう人だって不安を持っているんだろうと根拠もなく思っているのは俺がネガティブなせい?書いたの二月だもん、動機を覚えてられないし、この理由だってもしかしたら分かりやすいように曲げてしまったかもしれないもん。駄目だなぁ)。タイトルですけど、ないがいっていうんですよね。内外と無い外と無い害でないがいです。けど、この分け方は良く無いのかもしれない。2つに分けるのは理解とか考えやすくなるけど、どちらにも属さない何かが出てくるから。男と女と中性の方とかみたいに。知らないうちに排除してしまうのは嫌だから。

 

多分さ、最後の部分で握りこぶしを作ったとか書けば、ああこいつは何らかの感情を持ったんだと分かるけど、実際さ裏切られたわけじゃないし全部自分のせいだから、けど自分を否定したくないから書けなかったんだよ俺は