遊具のない遊び場

年をとってから見返して笑えるようなに。

ぐちゃった

 リオは覚えていないだろうと思われる僕の秘密を君に話そうと思う。リオの妹であり、僕の妹であったはずの悠貴、その君も覚えているかは誰にも確かめられない秘密。僕とリオが出会ったのは海も山もない郊外のイオンモールの喫煙室だった。その時間帯には僕とリオしか煙草を吸う人間はいなかった。そしてリオは、君の姉は未成年であるのにも関わらず煙草の吸い方を、躊躇いもなく、かといって臆病にでもない、ただ煙草を吸うためだけに僕に父親からくすねてきた銀色のジッポーを渡し、自分は乾燥して白くなった唇にキャメルを咥え、ラクダのようにうっとりとした心地で僕が火を点けるのを待っていた。その日は中学時代の友達の命日だったから墓参りに行って、その子が好きだった小説と漫画を買っていたのだ。僕がそうした死人を弔う意味も込めて買った漫画を、帰ってから彼が死んだと聞いてから一回も泣かなかった自分への訓練として、彼の好きな物を自分の好きなものに置き換えるために僕は煙草の匂いを染み付けようと半日の間、喫煙所に居続けたのだ。そうして、ずっと彼の好きだった音楽を聴きながら、目を閉じ、半ば償いの気持ちで彼が失った時間を思い浮かべ、彼が何故死んだのか、どうのように死んだのかをできうる限り考え、想像した。暗澹の中で、不器用ながらに踊る彼を想像した。エイトビートも知らないガキだった僕、夢を見るのに夢中だった彼、その不連続になった関係を少しだけ懐かしみながら。僕が貧乏ゆすりをするようにリズムを取っているとリオは、まるで兎に触れるように柔らかい掌を僕の肩に置き老夫婦の会話のように相手の意を介さない頼みごとを言った。それが火を点ける事だった。僕は、彼女の姿を見た時に、恥ずかしい話なのだが、僕は言いようのない不快感を抱いたのだ。僕には慢性的に尚且つ衝動的に自殺したくなる時があるのだが、彼女はまさにそれらの媒介となる人物だった。しかし、僕も彼女にとっては媒介物に過ぎなかった。吸い殻が湿った匂いが充満した部屋の中で、彼女の顔を見ていると、頭に血が上り犬のように威嚇としての舌打ちをしたのだが、リオは僕が舌打ちをした理由が解らず不思議そうにもう一度僕に火を点けるように頼んだ。僕は抑えられない怒りの中で彼女の素朴で整った顔立ちに引き込まれかけていたのも事実だった。悠貴も知っている通り、リオは男が自分の身の丈に合った女性だと思い込むには格好の的だったのであり、それ故に彼女は男に嫌悪感を持ち自分とは違う人間なのだという異化に成功していた。僕もその他の男と同じく彼女の普通という特徴に落ち着きを覚えていたし、見られる事を望んだ。そして、煙草を咥えキスを持っている顔、リオの煙草に火を点けた。彼女は火を点けることが出来なかったが、僕は何も言葉を持たなかった。白状してしまうと、僕はジガーキスを行った。彼女がフィルター越しに息を吸い込めば、電灯に照らされレモン色の煙が上に伸びるのだが……。

 リオの顏に近づけば近づくほど僕はより強い不快感の渦に居る事を自覚し、その抵抗のできない濁流の中で免罪符を得た人間として開放された厭世観を次第に受け入れ始めていた。リオは僕の煙草の匂いが自分の物だと錯覚して煙草に火を点けることに成功した。そして、リオは目を開くと僕の不健康で濁り切った瞳と凹凸のある不衛生な肌を目にしてしまい、父親の物だと思われるコートの裾に隠れた手を僕の顔に叩きつけた。僕は、この時やっと自分が何をしてしまったのかを理解し自己嫌悪の底に触れた。これが、出会いだった。

 僕とリオが仲良くなったのは、もっとも出会う可能性が低いと思われる場所、ロンドンに旅行に行った時の現地ツアーで、集合場所近くのスーパーにて水と朝食のサンドウィッチを買っていると見覚えのある顔が先に会計をしているのを僕は恥じながら認めた。悠貴、君はそのころリオと同じ高校に入学するために勉強に追われていたと思う。そして姉が自分を差し置いて遊びに行っているなら、角ばったところのない特徴的な丸顔を持つ君は怒ってもなおどこか可愛らしさを残しながら机に向かっていただろう。彼女は僕の顔を見ると最初に出会った時とは違う、あどけなさと悪戯好きの子供のように好意的な笑みを見せたのだが、僕はリオが異国の地に居る事にひどく違和感を覚えたのだ。言ってしまえば運命という言葉で片づけてしまえるような事に対して、僕の育った寂しさと開放感の同伴した、ジレンマに動けずに怒り狂う大人と疲れ切って廃れてしまった大人が作り出す、北海道の最北端の空気をどこか想起させるような顔立ちのリオとの再会を強く反発する心でどのように整理すればいいのか判らなかったのだ。悠貴、反発はそれが強ければ強いほど大きなエネルギーを生み出すものだ。僕はリオに対して抑えきれぬ興奮を顔に描きながらロンドンに居る理由を聞いた時、隆起していたリオの股間に目が離せなくなってしまった。つまりギターアンプのボリュームをあげっぱなしの状態でシールドを接続した時に鳴るノイズを聞いてしまった気分になったのだ。リオの股間は薄いピンクのスカートでは抑えきれないほどに。そして、それを見た僕も知らず知らずのうちに彼女とは釣り合わないペニスでジーンズを圧迫していたのだが……。