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ふたにょうの遊び場

読んだ本、見た映画、聴いた音楽とかを個人的に見返すために、また参考になるならばと

特になし

昔に書いてたけど、飽きたし、つまんないから不法投棄。

読まなくていい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さい頃は何も考えずにも笑えた。周りの大人たちも、友達も笑えていた。

 なのに、なんで今は笑えないのだろうか。

 親は俺を腫物みたいに扱う。

 それは、俺が住む国の国教だから。笑顔で生活をしなければ救われないという教義に反しているからだろう。親が子供を特別視するのは不思議でないが、これほどビクビクとした態度で接しられるのは慣れない事だ。

 外出を空いてみたことはあるが、いつも玄関を出た瞬間に不快感が身を包んだし、近所を徘徊している熱心な老人の教徒を見た瞬間に恐怖が沸き上がり走って帰った。

 抗体を作るための練習すら出来ない人間。

 親は終始笑顔で俺に寄り添ってくれた。今も本屋で買ってきてくれた国教関連の本を熱心に薦めてくる。

「この本は大切なことを教えてくれる。読んでみれば世界が変わるだろうから絶対に呼んだほうが良い!父さんは会社に行ってくるけど、少しずつでもいいから読んでみてくれ」

 「うん、読んでみるよ」

 「そうか、そんなに分厚くはないから、すぐに読めるだろう。俺は徹が元気になってくれると信じているよ」

 「ああ、頑張ってみるよ」

 そうして父が家を出る。

 朝食を食べるためにリビングに行くと母親がテレビを見ていた。

 テレビに流れるニュースは、いつもと同じで誰かが人を殺しただとか、音楽ランキングとか、天気予報とかを笑顔で報じていた。母も笑顔で、それを見ている。

 テーブルの上には冷えて黄身の固まった目玉焼きと固いトーストが置いてあった。

 出来るだけ音を立てずに椅子に座り朝食を食べる。母は占いの結果を見て笑っていた。

 俺は父に渡された本について考えているのだが、身体は朝食に夢中である。サラダがないことに気付き、母に聞くか迷っていると緊急ニュースとしてテレビにテロップが流れた。「悪の集団と言われている鴉が犯行予告を行いました」母は俺に気付いたようで笑顔で今日は連れて行きたい場所があると言い、服を着替えるように弱弱しい声で指示した。

 服を着替え終わった俺は必要なことを聞く。

 「何時くらいに行くの?」

 「そうね、暗くなってから行こうかしら」

 「じゃあ、夜ご飯は外で食べるの?」

 「いいえ、夕食を食べてから行きましょう」

 「わかった」

 母は、またテレビを見始め、俺は自分の部屋で本を読もうとリビングを出た。

 

部屋に戻ると、いつも感じる閉塞感と安心感がある。左右対称の部屋は半分に折りたためそうであり、カーテンの隙間から入る朝日が筋となり、あの本にまで続いていた。なんとも神秘的な物だろうか。太陽でさえ、この本に従っている。そんな気を引き起こすのには十分すぎた。

電気を点けカーテンを閉め切った後に本を開いた。

内容は小さい頃に読んだことがあるため、以外にも簡単に読み終えた。国語の教科書にも載っているため、義務教育を受けてい人間には一番読んだことのある物語だし、テストの問題にもなっている。

俺は読み終えた本を窓際の本棚に仕舞い、机の上である作業に取り掛かる。

笑顔の練習だ。

 自分の口角を指で引っ張り上に持ち上げる。固まった筋肉が強く抵抗しているが、出来る限り上に。次に舌を出し上下左右に動かす。これを何度か繰り返す内に自然な笑顔になると誰かが言っていた。外に出れない俺は、それを信じるしかない。

 誰かが、俺の努力を見て笑う事だろう。外に居る奴らには分らないのだ。この苦しさを、嬉しさを。彼らは経験のないことは信じない人間だ。自分が笑えなくなったことがないから、俺に苦しみを理解せずに弱い人間だと笑い、会話の節々に俺の事を交えて自分は正常だ、私は生きているなどと確信するのだ。

高校二年生になる予定だったのに、どうしてこんなにも惨めなのだろうか。おそらく、一年生の頃に起こした事件、俺が笑えなくなった理由のせいだ。あんなこと言わなければよかったのに。

 

秋の高い空。身体を引き締める気温。包まれた笑顔。

俺は部活動にも入っていたし、クラスの人間に仲の悪い奴なんていない。そう、卑しい人間だったと自覚している。学校が終わり、サッカー部で楽しくトレーニングをする予定だった。俺も、部活に対して真剣ではなかったし、教師も学校も認識するだけで厳しい練習なんてしなかった。サッカー部の連中は価値観に縛られているような奴ばっかりだった。サッカー部に居る奴はモテるだとか、権力が付随してくるから入ったような連中ばっかりで、もちろん俺もその一人だった。きっと弱小高のサッカー部に入る人間とは本来持っている素養(性格)を一番輝かせるために入るようで、強豪校は素養ではなく、闘争心や純粋にサッカーが好きという理由で入部するであろう。

そうした権力を持っていた俺だからこそつけ上がっていたのかもしれない。教室では大きな声で笑い、大きな声で教師たちに挨拶もした。俺が、多くに人間に認識され特別になるために。交友関係はオタクと言われる人間からギャルと言われる人間まで仲良くした。全てを肯定し、周りに敵を作らないように生きていた。しかしながら、俺はクラスの長になる事は出来なかった。長になっていたのは、同じサッカー部である男だった。そいつはオタクと呼ばれる人間には冷たく、教師たちにも嫌われていた。なのに彼はカリスマ性を強く持っていた。誰もが口に出すことをためらう言葉を笑顔で教師にぶつけたりして、スクールカースト上位の人間を強く引き付けていた。俺もその一人であったし、あわよくば彼から奪い取りたかった。力関係のせいでオタクに冷たくしても権力者たちの集まりにさえ認められれば長になりえると気づいてはいたが、それは違う事だと良心が叫んでいた。だから、あの日、全てを味方につけるつもりだった。そうして奪い取るつもりだった。

帰りのホームルーム。酸素が薄く妙に暖かい教室だった。

「今日、部活さぼってボーリングに行かね。かったりぃし」

「ウチも行く~」

「私も賛成~」

長の要求に素直に答える女たち。

「徹は?」

「んー行こうかなぁ。俺も最近部活が面倒になってきたし」

 「だよな!がはははははは」

 「そうだよね~遊んでた方が楽しいし~」

 そんなバカでかい声で会話をする必要はないのだが、勝手にそうなってしまう。

 遠目からオタクたちの迷惑そうな顔が見える。確かに静かにしないとホームルームが始まらない上に、これから遊びに行くのに、その時間すら奪われる。

 「さっさとホームルーム終わらせて行こうぜ」

 長の声により静かになる民たち。

 その時を待っていた教師が帰りのホームルームを始めた。

 俺たちは教師の自己満足を助長するための道具でしかない。しかし道具であるにしろ人間だ。

 「えー特に伝えるべきことはないのだが、最近読んだ本が素晴らしく面白かったのでみんなにお勧めする。この本は、笑顔でいることをやめた人間の話だ。何をトチ狂ったか国会に立てこもり、目覚めよと妄言をする男の人生の話なのだが、面白い。それは最後には笑顔のすばらしさに感動し、自ら死を選ぶところにある。私はこの本を読んで………………」

 俺たちは興味のない事には耳を貸さない。

 「なぁボーリングのゲーム数はどれくらいにする?」

 「そうだな……むしろボーリングの後にカラオケでも行かないか?」

 「それ名案~」

 「いいわ~楽しみ膨らむわ~」

だれだって興味のない話を進んで聞くことはしないだろう。教師は自分が語りに熱中していて周りを気にしなかった。むしろ、誰かに聞かれることを望んではいないのだ。

 「知ってるか?ボーリングって穴を掘る事でもあるんだぜ」

 どや顔で長が言って見せた。

 「そうなんだ~知らなかった~」

 「物知りだね~」

 女どもは素直に感心してるように態度に出す。笑顔の下には何という気持ちがあるのだろうか。

 そして俺はチャンスだと思った。長は、おそらく誰でも知っていることを、あたかも知識人のように語る。つまりは貧相な看板を持っているのだ。

 「俺は知ってたぜ。そしてボーリングは、トンネルや井戸を作る作業も含まれるが地質の調査にも用いられているんだ」

 「へぇ~そうなんだ~」

 「物知りだね~」

 女の褒める声。気持ちがいい。

 長は顔のパーツが中心に集められたかのような顔をしていた。もちろん笑顔である。

 人気を取り戻そうとして長が発言する。

 「じゃあ、ボウリングするためにボーリングしたりするんだろうな」

 「何それ~面白い~」

 「本当に面白い~」

 「いや全然つまらないだろ」

 彼らは笑顔のまま固まる。

 突拍子のない否定に彼らはつまずいた。また俺も、とんでもないことをしでかしたと一瞬にして理解した。これは悪手だ。しかし、もう戻れない。言葉の訂正は現実だとできないのだ。

 「お前、前から思ってたけど、キモいよ」

 長が言うと女は互いに目配せをし、笑顔を、より一層美しく咲かせた。

 「お前、キモ~い」

 「お前、調子に乗りすぎ~」

 暴力的なスピードで立場が奪われていくのを、いや、俺が立場から突き落とされるのを感じた。一直線ではなく掴めそうな窪みのある小さな穴に落とされたのだ。

 「お前、マジでこの後来んな」

 「お前居たら空気悪くなるし~」

 「お前キモすぎて生理的に無理だわ~」

 俺は窪みたちを見た。誰も俺の事など見ていない。むしろ見て見ぬふりをしている。あれだけ声をかけてやったのに体に力を入れ、いかにも教師の自己満足に付き合っているようだ。

 俺は一瞬だけ笑顔を失った。あの皮膚になったであろう笑顔を!

 それを目ざとい女たちが見逃すこともなく、長でさえ凶暴な笑顔で俺を見た。穴の窪みは徐々に埋められていく。

 「彼の人生はあたかも愚かな人間のそれであり、私たちに………。おい、松本!お前笑顔がないぞ!お前は神を裏切ったのか!今すぐ職員室に来い!」

 その瞬間にクラス中の目は俺に集まり、笑顔を作り直したのにも関わらず、レイプ犯を見るような目で俺を攻め立てた。長と取り巻きの女たちは快楽の笑顔を浮かべ、オタクですら実験モルモットに餌をやる研究者のような笑顔に早変わりした。

 俺は俺の世界を敵に回してしまったのか。自ら進んで、欲望に目が眩み這いつくばってしまった。都会の真ん中で!通学路で!横断歩道で!

 「みんなは先に帰って良いぞ。ほら松本!来い!」

 教師は笑顔でありながらも怒りが滲み出る声で命令をした。

 そして、背中に視線が刺さりながらも痛みに耐え笑顔で教師の後についていった。

 

 

 「お前は神に背いたのだ」

 「お前は私たちを裏切ったのだ」

「お前は、罪を認め、神に認められなければならない」

 昔、教師に薦められた本を読んでいる。

 俺は、この主人公と同じ道をたどるのだろうか。いいや、主人公は戦った末に笑顔のすばらしさを認めた。俺は最初から笑顔のすばらしさを知っていたし、笑顔こそが真理であると信じている。だから、今も笑顔になれない自分に嫌気がさしているのだ。

カーテンを閉めきっているのに、どうして太陽の暖かさを感じるのだろうか。それが知りたくて部屋の電気を落としてみた。

本が読めてしまえるぐらいの光だ。

読みかけの本にしおりを挟み、小さくため息を吐く。

 ………ため息は幸せを逃がしてしまう、そんな言葉を思い出し、さっきのやり直しと言わんばかりに、本を開き、しおりを取り出した。そして、またしおりを挟み、本を閉じた。すかさずキングオブポップであるMJの真似をし「ポウッ!」と声を出した。こだまはしないが、乾いた笑い声が上がった。

 俺は、ハッとして出来るだけ表情を変えずに手鏡を机の引き出しから取り出した。

 鏡を見ると俺が笑っていた。それは、やはり笑顔だった。

 急いで部屋から出てドタドタと階段を下り、母に見せてやった。

 「母さん!俺!笑えてる!」

 やはり母に笑顔を見せたかった。母が、子供が笑えないと知った日に見せた、あの笑顔!生涯忘れることを許さないほどの威力を持った笑顔。母は、あの日から心地いい笑顔を見せなくなっていた。そういう母の笑顔を見て子供が悲しまずにはいられない。子供が責任を感じずにいられない。だから笑えた時には母に見せると決めたのだ。

 母が笑顔で振り返った。

 俺の顔を見て笑顔のまま言い放ったのだ。

 「今の徹は笑顔なんかじゃないわ!幻覚でも見えちゃったのね……でも安心して。今日連れて行く場所は、徹みたいな人間が、笑えない人間が、また笑えるように治療する場所だから………」

 俺は顔をペタペタと触った。小指で唇の端を、親指以外で頬骨を。そうして気付いた。顔に凹凸がないことに。口が半開きである事に。

 「あっ……あれ?おかしいな……俺は…さっきまで笑えてたんだよ……本…当なんだよ……俺が……嘘をつくような人間じゃないって…母さんは知ってるよね……お願いだ…信じてくれ!本当なんだよ………。本当……」

 「そうね…徹は嘘をつかないわ。けど、いいのよ」

 母の涙が頬を柔らかい曲線を描き、すり抜けて地面に落ちた。

「それが本当でも、治りやすいってだけで、笑えてないのは事実なんだもの。けどね、安心していいのよ。いい前兆だわ。あなたはきっと治る。私が、徹が笑えなくなったって話を聞いて、すぐに予約したのが良かったのね」

 笑顔で涙を流す母は、前よりずっと皺が増えていて、柔らかい印象を俺に与えた。

 だから、俺は自分に強い殺意を抱いた。こんなにも母を苦しめた俺に。

 「嬉しいわ。お昼ご飯は何が良い?夜ご飯は何がいいの?」

 俺は強く手のひらを握りしめ「カレー」とだけ言った。

 「そうね、カレーは、みんな好きだものね。お父さんも帰りが遅くなるから、そのほうが良いわ。ありがとう」

 違うんだ。俺は礼を言われる資格なんて持っていないんだ。

母が買い物に行っている間、俺はリビングで泣いていた。テレビの音が、やけに大きく聞こえた。「鴉の犯行予告ですが、未だに詳細は掴めずにいます。桜庭先生、この、鴉という組織は、どういったものなんですかね…?」「ええ、私が思うに鴉という組織は、この国のがんのような物だと思います。つまりは、私たち自身の身から出た錆の一種なのです」「なるほど。私たちの身から出た錆……」待ちに待った順番が回ってきて母は泣いているだろうか。「この鴉という組織ですが仮面をつけ、国会や、教会などを壊して回っているようで、何がしたいのかは一体想像もつきません」俺の手が顔から心臓へ滑り落ちる。「さて、みなさん。今夜は外を出歩かないでください。もしかしたら、貴方に恐怖が現れるかもしれません」動いている。今も心臓が動いている。俺の意思に反して音を立てて、暴れている。冷たいフローリングに手が落ちる。

 埃が舞った。日光に当てられ白く輝く、それを見つめて無念さが心の大部分を支配し、見たくないと、手で掴もうと手を伸ばしても気流の関係で掴めず、視界に居れまいと視線を背けても新しい埃が宙を舞っているのだ。柔らかい光に掴めない埃。邪魔でしかない。

 虚しさが俺の身体から溢れているようだった。

 苦しい。煩わしい。車の音。鳥のさえずり。トイレから流れる水の音。呼吸の音……。無音で漂う埃でさえ煩わしく思う俺が、次に行う事は単純明快だった。それが潜在的な物であっても。俺は一度だけ息を止め、耳をふさいだ。

 ああ!心臓の音がうるさい!血の流れる音がうるさい!

 むしろ耳をふさがないほうが過ごしやすいことに気付いた。慣れているのか。

 ………あれ?息ってどうやってするんだ?

 口をパクパクさせているのに空気が入ってこない。まるで餌を待つ金魚だ!どうして、こんな当たり前が出来ないのだろう。苦しい。助けてくれ…。誰でもいい。身体が心臓のリズムに合わせて揺れる。心臓が人間の核だとはっきりと理解できた。

 母の事を考える。俺は、しばらくすると死んでしまう。あれだけ俺の治療を待ち望んでいた母が、もうすぐという所で死んでしまった事を認識したなら、きっと母も笑えなくなるのではないか。心配だ。母は弱い人間ではないが、さすがに笑顔が爛れてしまうに違いない。あれだけ金をかけて育てた子供が死んで悲しまない親はいないだろう。俺が笑顔を失うまでは、親は俺と学校の事や、音楽や、小説について話す機会もあったし、笑顔を失ってもできる限り夕食は顔を合わせて食べようとしてくれていた。そんな優しく強い親が……どんな顔をしてしまうだろうか。

 気が付くと息をしていた。ゴム風船のように体が大きく膨らみ、細胞の隙間から熱い空気が抜けていくようなのに体は熱い。嫌だった。

 

 

 職員室に連行された俺は、灰色の恐怖に包まれていた。

 目の前に座る顔を真っ赤にしている笑顔の担任。コーヒーを持って横を通り過ぎる時に視線で「何をしたのか知りたいが、面倒だ。だけど、こいつがどうなるのかは知りたい!」なーんてバレバレの笑顔。俺の事など気にせず喋る笑顔。普段の生活態度から怒られることはしないはずなのに、という信頼を持っている、だからこそ心配そうな笑顔。気が狂いそうだ。こんなにも他人の笑顔が気持ち悪いのか!

 「お前、何をしたか解っているのか。神への冒涜だ」

 怒気を滲ませた、力が入りすぎた、小さな声だった。

 「はい、わかっています。だけど…」

 「だけどだと!理解していながら、それをしでかしたのか!」

 「ちがいます!先生は誤解しています!」

 「誤解などするものか!」

 「ち、ちがっ……」

 周りの視線が一気に突き刺さる。だから、本当に…俺はワザと笑顔を失ってしまったのかと思ってしまった。そんなことは絶対にないはずなのに。

笑顔を失えば人権も失くしてしまう、そして、それを探すことはゴミの山から宝を探すように他人から見れば、とても汚らしいことであり、宝を見つければ、年が経てば、信頼を取り戻せば、そこで初めて、取り戻すことができたと分る事だろう。.だから、そんな刑務所に入れられ、更生の過程を辿ることは、とても苦しい物だと。

 「違うんです。違うんで…す…」

 吐息のように否定の言葉が出た。

 「何が違うんだ!やはり、お前は反省していないようだな」

 なんて暴力的な教師だ!こいつは自己満足の集団の中でも一番の酔っ払いだ!俺は違うんだ!違うんだ!

 「親御さんに電話する。そこで待っていろ!」

 茫然としていた。視線は確かに自己満足の教師の背中に向けられてはいたが、情報は頭の中に入って来ず、口は半開きに、腕も骨が無くなったかのようにぶら下がっている。

 「徹、何をしでかしたんだ?」

 サッカー部の顧問が心配6割、興味4割の笑顔で聞いてきた。この顧問は俺に信頼を置いている無能な教師で、もうすぐ定年だから、こんなことも聞けてしまえるのだろう。しかしながら、俺は激しい後ろめたさがある。この信頼してくれている教師が、俺がやってしまった事を聞けば、簡単に裏返ってしまうのだ。なんて恐ろしいんだ。

 「俺としては、反省もしているし許してほしいんですが、先生は何か誤解しているようで」

 「そうか~まぁ私は関係なかったか」

 お前は自分に関係あるかどうかが気がかりだったのだな。火の粉が降りかかるかどうかだけを気にして生徒に対しては干渉しない、立派な教師だ。

 「じゃあ頑張れよ!」

 頑張るって何を。妄想台風が傍を離れ、立派な教師も立ち去るとなんだか寂しかった。

 顔を真っ青にして来た両親は教師に土下座をし、あまつさえ分厚い封筒を渡した。それがなんであるか高校生の俺でもわかる。それを受け取った教師は目に見えない速さで両親の手から剥ぎ取り、そのまま校長室へと入っていった。

結論を言おう。俺は罪に問われなかった。

 

何もせずに一時間がたった。

何もなかった。

俺の両親は、ひどく優しく、それでいて社会的な地位も高いという一般市民の夢のような両親だった。そんあ夢のような暮らしをしていたせいで、余計に惨めになった。俺の自尊心は簡単に音もたてずに風に吹かれ、何処か遠いとこれで他人の自尊心の肥やしとなっている。そして誰ともかかわらずに、また俺の治療費を集めるのに両親が働きづめになるのが見ていられなかった。そうして自分を責め立てては死ぬことばかりを考え、何度か死ぬ挑戦をしてみたが、いつも寸でのところで辞めてしまうのだ。どこにも自分を測る物差しがない。苦痛であった。

 あの素晴らしき日々をもう一度やり直してやりたいと思った。些細なコンプレックスと、それを隠すためだけの知識を必死に求めていたあの頃へ。しかし、今それを願っても、全てが遅い。俺は厚生施設に入り、優しさしかない残酷な科隔離病棟へと移され、善意の陰に潜む侮蔑の重圧と、大層な同情と共感を持った人間と仲良く楽しく暮らすのだ!こんなにもつまらないことはない。誰もかれもが優し気に眉を動かし、笑顔で迫り汚らしい全能感で支配されてしまうのか。ああ!みんな死んでしまったらいいのになぁ!構成のプログラムも全部いらないのにさ。誰だ!こんな笑顔が正義だなんて本を素直に信じている奴は!まぬけ。

 そうやって怒りを抱くと、逆に力が抜け、新しい空気を吸い込んだ。新しい物で満たされた身体は、今にも破裂せんばかり。蝉の声すら煩わしくなく、俺のためのファンファーレをメスの気を惹くためだけのものと大義名分をでっちあげ、照れ隠しをしている。向日葵は俺に向かって頭を下げて見せた。日差しは俺を輝かせ、遠くに聞こえる車は俺の心音とシンクロする。これまで味わった事のない幸福な虚脱感であった。すべてが愛しい。俺は笑わなくてもいいんだ!顏を上げ、ニュースを希望に満ちた顔で聞き入る、。キャスターの焦り上擦った声と、コメンテーターの憶測を挟んだ不完全ながらも、それが当たっているという確信を得た強い声音が、俺に小さいながらも反逆の甘い蜜の味を口の中に広がる。

「はは……」

涙の後は乾き目じりが希望の赤に変質した。俺が壊してやる。

「ただいま」

 母の安心しきった声が聞こえた。

「ああ、お帰り」

俺の顔を見た母親は、さっき見せた悲しい笑顔ではなく、安心の笑顔を見せた。口に手を覆い数歩後ずさりしながら信じられない、神を見たかのように喜びと報いの荒波に飲まれていた。母親よ、貴様も可哀想な女だ!

「徹……あなた今……笑えているのよ……」

「ああ、知ってるよ母さん」

「良かったわ……良かった」

母さんは俺が何をしようとしているか知らない。秘密は他人を滑稽にし、全能感でいっぱいにするホクホクする薄いピンクの優しげな全能感で満たされる。

「ごはん出来たら呼んでね」

自分の部屋へと急いで向かった。

 

病院内は死の匂いで溢れていた。既に死にかけの男や女で溢れんばかり。それは汚らしい価値観で蓋を閉めたものの中へとぶち込まれ、直下のアルコールアンプでぐつぐつと熱せられた、ごった煮のようだ。俺はごった煮の中でも一等の食材である事は理解していたし、これから鴉の襲撃を受けるのに病院を休みにしない医師たちに疑問を抱かずにはいられなかった。

 「君は、なんで笑顔を失ったのかな?」

 「ちんでしぇんしぇい」

誰だって人を殺すことができる。外を歩き死のうと思えば町中のいたるところに好機がある。