遊具のない遊び場

年をとってから見返して笑えるようなに 。twitter @michiru__nagato note https://note.com/a_maze_amazes_me

「ゴミ」四月ごろにクルサーに寄せた現行(少し変えた)

 題名は任せるわ。あるけど言わないわ

 

 

 

その日、移住手続きをするために市役所に向かった。

 私が訪れたのは合併元の市役所ではなく、それなりに愛着のある地元の図書館兼市役所だ。中学、高校の時によく勉強しに来ていた記憶がチラついた。私の住む市は元々一つの町だったが、数年前に隣の市と合併した(厳密にいえば吸収された)。そのため、人口の流出を防いでいるように見える。

 現在この国から隣国へと移住する家族や労働者、学生は後を絶たない。国が人口流出にはどめをかけるために規制をかけはじめたのは今から十五年ほど前からだった。それまでは、各々が望む形で移住をしていた。船に乗ってスパンコールが光を反射しているような水面の上を船を使い向こう側まで渡ったり、刃物を使ったり、薬を使ったりして、隣国へと移住を図った。私のような能天気は、その社会的な流れの中で暮らしていても、その流れを意識できず、もっと後からでも移住できるだろうし、その方が安全だと考えていた。

 密出国者が増えていると夕方の報道番組で取り上げられていた頃、本当にそういった事があるのか疑問に思う事も多かった。電車は訳知り顔でレールの上を走り(しかも、車内は満員なのである!)、都会は波のように人が歩いていたし(波は永遠のように打ち寄せ離れていくから)、ごくたまに見るゴールデンタイムのテレビ番組には馴染みのタレントが出演していたから、自分には関係のないし、大したことじゃないと思っていた。

 だが、私が大学に入学した年に、規制が緩和され移住が法的に、公的に認められた事によって明確になった。大学の次年度からの入学者は減り始め、まざまざと流れを見た。大学に入学してしまった以上、それなりに友達が出来てしまった以上は移住することは、それなりの勇気が必要だった。そうして、その事も気にしなくなり、四年になった。私が就活している時には売り手市場とニュースで言っていたし、そのころには地方の私立大学の大半は無くなっていた。

 それなりの危機感を覚え手続きの申請をしたのが一年前の事で、五日ほど前にやっと自分の番がやってきた。暮らしを変わるという妙な期待に感電し、ここ数日の仕事は身が入らなかった。未然に防ぐことのできる失敗を重ね、年配の上司に嫌味を言われていたが、もう少しで移住するのだと思うと気にすることは無駄だと感じた。

 時刻は午後一時半、移住ガイダンスは二時からだ。少し早くついてしまったので煙草を吸っていると見慣れた面影の男が現れた。

 彼は八月のうだるような暑さの中で、わざわざ日陰に入らずギラギラ輝くタイルの上で恨めしそうに眼をすがめて空を見ていた。しかし太陽子が眩しすぎたのかすぐに視線を真っすぐに目に向け、それから、私の方を見た。彼の視線には温度がなかった。

「お、お前、あれだろ」

 どもりながら問いかけると、彼は手を眉に添え私を見た。

「あ、ダッモじゃん。おひさ」

 彼は目を見開き驚いた様子で、私の肩に触れた。この暑さでどうして人に触れようと思ったのか不思議でならない。彼の着ているシャツは大きすぎて見ているだけでも気怠さを感じた。

「ひさしぶり、須野」

私が彼の名前を言う事が出来たのは、そのシャツが彼に好きなバンドをモチーフとしたものだったことも関係ある。まだ、そのバンドが好きな理由を聞けていない。

須野とは高校の頃、遊びの延長線上に位置する部活が終わってからも遊ぶような仲だった。だけど、卒業してしばらく会わないと、何を離せばいいのかわからなくなってしまう。須野は煙草に火を点けた。

「今日は暑いよね。一等と」

「そりゃ夏だからなぁ……」

この距離感が懐かしかった。私は過去を生きているような気分になって、中途半端に言葉を発しようとしたが、あーだとか、うーだとか意味のない音を出していた。何か他に言う事がないのか探して、思いついた瞬間に口から出てしまった。

「これだけ暑いと雨でも降れば涼しくなるのかな」

 雨は嫌いだった。夏に来る雨は大抵雷も一緒にやってきて自分の部屋に籠りがちになる。そうなると、部屋で繰り返される空虚さの苦痛が襲い掛かってきて何もしていないのに疲れてしまい息苦しくなるから。

「そうだな」

 私は須野に話す事がなくなってしまったと思った。もう会話は終わり、セミの声ばかりが聞こえてしまう。それはそれで乙なものかもしれないが、吸う息は誰かが顔面に向けてため息を吐いたような気怠さと、それに呼応して得体のしれない熱っぽさが含まれていた。

 じっとりと額に浮かび始めた汗を黒いシャツの袖で拭うと、その様子を見ていた須野が、金属が擦れるときに発する音のような引き笑いをした。私は笑う理由が解らなかったが、その音を聞いて心地よさを感じた。たとえ笑われていたとしても。

「え? 笑う要素あった?」

「うーん、まあ、そうだなぁ。今度はハンカチ持って来いよ」

 彼はくしゃくしゃな笑顔を見せながら、そう言った。私は煙草を灰皿に落とした。ジュ。

「ハンカチは持ってきているんだが?」

「え、なんで?」

「こっちが、聞きたいよ」

 私は彼の意図が分からなくなり、それと同時に彼は私の行動が不可解だと思っているようだった。了解が取れない以上、そして了解を得るためには疑問点を指摘しなければならないが、それによってノロマな感覚を得るのだと思うと、彼との会話を継続するには面倒に思えてきた。私は彼との会話に対して、何らかの利益を欲していた。過去のわだかまりを解決、あるいは吹き飛ばしてしまうような大きな衝撃を求めていた。からまっている過去を失くして新しく交友できるようにと。

 彼の中指と薬指の間に挟まれていた煙草には、火はもう点いていなかった。フィルターの焼ける甘ったるい匂いがした。

 私は彼に移住手続きガイダンスのために、ここに来たのかを聞くべきだったが、それをするわけでもなく、室内に誘った。

 「まぁ、いっか。中入ろうよ」

 彼は「おー」と間の抜けた返事をした。

 

 私たちが同じ目的で市役所に来ていたことが判明し、人で敷き詰められた教室ほどの狭さの会議室の最前席から二番目に座ったのは、ガイダンスが始まる十分前だった。須野が隣に座っていると高校生の頃を思い出す。しかし、パイプ椅子がぎゅうぎゅうに敷き詰められているため、人との距離があまりにも近く、居心地は最悪だった。窓に近い事以外に良い所なんて何もなかった。ここで私が嘔吐したら皆一様に背中を丸めてゲロを吐くのだろうと思い自分を慰めた。それはそれは多様なゲロが、電灯が反射している地面に散らばるだろう。私はそのころには胃の中にある物を吐き出し切り、他人の喉が震える音を聞きながら、不適切な笑みを浮かべ、その光景をうるんだ瞳で見つめているだろう。ピントのぼやけた視界によって現実感が喪失し、それに対して超越的な感覚を呼び覚まし、知らぬ間に自分の中に入り込み、やがて自身を客体化しては二重人格を気取っては、その光景を見ている自分が笑っている事に、感心してしまうだろう。前席に座っている女は日焼け防止のつもりか長袖を着ている。萌え袖だった。おそらくニンジンやコーンなどの健康に気を使っているようなゲロを吐きだす。必死に口を押えても萌え袖で隠しても繊維を抜けて具材のないゲロが現れ、それから息が出来ないため手を顔から離すと袖に形を残したコーンやニンジンがちょこんとあるのだろう。左隣に座っている須野は昼飯を抜いているのか味噌っかすみたいのゲロを吐きだす。右隣に座っている緊張からか強張っている面持ちのじゃりっぱげの中年は、出来うる限り嘔吐感をこらえながら室外に出ようと経路を探すのだが周囲にはゲロを吐き動けない人間ばかりであることに気付き、混乱した頭で尊厳を保つためにはどれが最善かを必死に考え、何をトチ狂ったか窓を開け二階にあるこの会議室から、外に向けて吐き出すだろう。落下地点にある花壇にはゲロが降りかかり、蜜を取りに来ていた虫や蝉の死骸は全身にゲロを浴びる。

 私が妄想をして不快感を打ち消そうとしていると、須野がいかにも重要な事のように声のトーンを落として話しかけてきた。周囲のはしゃいだ子供のような会話が邪魔でほとんど耳に入って来なかった。須野の声は低く、加えてくぐもっているから余計に聞き取りにくい。中学の頃も同じようなことが何回もあった。

 私は「何言ってんのか分からないよ」と聞き返したが、それも須野に届いているか怪しかった。だからと言って大きな声を出すことは躊躇われる。

 私は仕方なしに、手に持っているプリントの束をパラパラとめくりながら読み流していたが、半分も行かないうちにガイダンスが始まってしまった。

 それはとても退屈だった。柔和な態度で語り掛けるように喋る男は、本当に移住したいのか自分自身で考えてくださいという話を、統計データと自国の現状を交えながら何度も言い換えながら繰り返す。マイクを握っていないほうの手は、せわしなく動き続けていた、数字を数えるように一本ずつ畳んだり、掌を見せたり、また握りこぶしをつくったり。その動作は、この説明を何度もやってきた人間だからこそできる事だった。既に彼は私たち移住希望者に興味や引き留めようとする意志さえなく、ただ一つの慣習として説明をしているに過ぎないのだ。

 十分ほど経った時、私は睡魔に襲われ、吐き気と混ざり合ったそれに耐えるように自身の舌を強く噛み、苛立ちで膨らんだ意識の中に押し込んだ。誰かが銀色に鋭く光る針で突いてくれたら楽になるのかもしれない。

 ついに睡魔が吐き気に競り勝ち、私は船を漕ぎ始め、そこに居ないマイケルという存在に漕げよと急かされながら、なんとか起きているつもりだった。マイケルが船を漕ぐ目的は川の向こう側に居る母親の下に行きたいといったもので、私はただ手を貸しただけなのになんでケチ付けられなきゃいけないんだと脳内劇場を繰り広げながら。

 睡魔の波を越え、まだぼんやりとしている意識で顔を上げると、私に対して多くの視線が注がれているのに気付いた。

「はい、みなさん。ここからは大切な話なので、しっかり集中して聞いてください。くれぐれも居眠りをしないようにお願いしますよ」

 スクリーンの前で喋る男がそう言うと、周囲から忍び笑いが起こり、急に喚きだして部屋を飛び出したいという衝動にかられたが、私は移住がしたくてここに居ると再確認し、輪郭が把握できるほど熱くなった顔と耳が平常に戻るのを、じっくり待った。

 もうすっかり目が覚めてしまった私を須野は励ますためか、それともからかうためか白目をむいた顔を見せた。それを気にせず、前に居る女の頭をなんとなく見た。首筋からつむじまで視線を彷徨わせてから、スクリーンに視線を戻し、清潔感の塊のような説明者を眺めた。ノリの効いたワイシャツと固められた髪の毛、どこか機会じみた説明が、退屈だと感じる理由なのだろうか。

 ガイダンスはきっかり二時間で終わった。大切な話だと言われた部分は書類の記入事項の事で、どこになにを記入するのかを、単に説明しているだけだった。終わってみれば、こんな簡単なガイダンスでいいのかと疑問に思ってしまう、物足りないな、と思いながら須野の背中を追いかける。

「お前、暇かい?」

「暇」

「なら、ちょうどいいね。この後ちょっと買い物に付き合ってくれないか」

「それは面倒だなぁ」

「そうか。じゃあ喫煙所行かないか?」

「それも嫌だなぁ。人が多いと気分が悪いし、どうせ喫煙所もそれなりに人がいるし外だから暑いし、なんだかなぁ」

「それなら、飲み物でも買って落ち着いてから喫煙所、行こうよ」

「いいね」

 私たちは一階に降り自販機でジュースを買った。そして昼過ぎには老人たちが談話しているスペースに向かい、小さなベンチに腰掛けた。日が伸びたにもかかわらず、明るい室内に老人の姿が見えないと違和感が残った。

「それで、どうなの最近」

 地域ボランティアの募集や、マラソン大会の出場者の募集、混沌こそ我が墓碑銘と書いてあるポスターなどが貼ってあった。

「特に何もないなぁ」

 多分、本当にいつも通りなんだろうけど、そのいつも通りが知りたいと思った。

「須野はなんの仕事してんの。ぷー太郎?」

「ぷーではないけど、まぁそれに近いフリーターってところかな」

「じゃあ、あれだ夢追い人だ。何かなりたいものとかあるの?」

「そりゃあ、あるさ。まずは水原キコ、次に石原さとりに新垣唯、次に田中マルクス闘莉王、木とか数えればきりがないくらいに」

田中マルクス闘莉王

「逆に、お前はなりたいものとかないの?」

「特にないなぁ」

 確かにガッキーにはなってみたいけども、あくまで憧れの存在だ。ガッキーの顔になってもやりたい事はない。

「というか、それは本当になりたいものなのかい。WISHなんじゃないの? HOPEではなく。俺が聞きたいのはHOPEの方のなりたいもんだよ。何か目指しているものとかないの?」

「バンドマンになってヒモになる!(音楽で飯を食う!)」

須野が即答した言葉は、私からしてみれば現実離れしていて聞いた瞬間は違う言語かと思った。やっと脳が追いついた時に自然と口角が上がっている事に気付いた。これは納得から出てきた安心の笑みだ。

「なるほど、なるほど。確かに須野は音楽が好きだったし、ギターが家に会ったなぁ。今日もバンドTシャツ来ているし。楽器は何やってんの?」

「ギターボーカルやってんだ。俺はやってやる。こっちでは芽が出なかったけど、向こうはロックがヒットチャートを独占しているらしいからな。出来ない事じゃないと思う」

 私は彼が移住する理由を持っていることに驚き、心を動かされた。私は理由を持っていないが、持ちたいと思った。が、それは到底無理な話だ。自分自身がよく理解している。

 

 移住日の朝、起きると蚊に刺されていた。夜中に一度目が覚めて薬を塗った事は覚えているが、窓は開けっぱなしで占めるのを忘れていた。香取ベープのスイッチは入っていたのだが、駄目みたいだった。

 夏の朝は涼しい。日が昇り切らないうちに家を出ると嘘みたいに清々しい空気が肺の中に入ってきた。

 一度市役所に集まり、バスで国境近くにある検問所を経て、入国することになる。ガイダンスで説明された事なのだが、海外旅行と同じようでいて大きく違う点が二つある。入国できるのは移住を前提とした者のみである事と、もう一つは忘れてしまった。すぐ忘れる癖は直した方が良い。

 市役所まで歩いていると、同級生が住んでいた家が売りに出されていた。彼も移住したのだ。もしかしたら、向こうで会えるかもしれない。そう思うと気分が晴れた。犬の散歩をしている女とすれ違い、小さな公園を横切るとラジオ体操をしている小学生たちが見えた。

 坂道を登っていると、小学生が自転車のペダルから脚を放し、涼しい風を思う存分感じながら下って行った。

 冬には剥き出しの枝を見せていた木々も、緑色の葉に太陽の光を反射していた。横断歩道を渡っていると、葬式の案内用看板が置いてあるのに気付いた。久しぶりに見た。

 途中で須野に会った。どうせなら一緒に行こうという事になった。彼は私が背負っている荷物を訝しげに見つめてから前を歩き始めた。散歩ほど歩いたところで的を射抜くように短く息を吐いた。

 市役所に集合時間ギリギリに到着した。職員に名前を告げると私と彼が最後らしかった。職員が号令をかけ、今日の予定を話し始めた。その時に、ようやく、誰も荷物を持ってきていない事に気付いた。隣にいる彼に尋ねると、荷物は持ち込めないから誰も持ってきていないという事だった。なんで教えてくれなかったのかと聞くと、聞かれなかったしガイダンスで言っていた、と返ってきた。そうなんだ、と理解した。

私は荷物をどうするか決めかね、職員に聞いて、そこに置いておいてくれれば処理します、と言われたので、自販機の横に荷物を置いた。自分の好きな小説、自分の好きな音楽、自分の好きな漫画、家族の写真、自分が気に入ったいる服、自分が気に入っている雑貨、それらを詰め込んだ登山用の大きなリュックを音を立てずに置いた。バスに乗り込んだ。

 

 

 

 

書くのって難しい。隣国は黄泉の国をイメージした。つまりこいつらは集団で黄泉の国に行こうとしている訳でな。

これを書こうと思ったのは、成人式に友達が来れなかった事と、座間の集団自殺事件(今調べたら自殺志望者を集めて殺人していた事件だった)があったからなんですよね。

しかもツイッターを使って連絡していたっているもんだから、SNSって怖い所もあるよなって思ったので。

それに自己責任だっていう意見もあって、それでもやっぱり僕はなんだかなぁと思うんですよねぇ。死んでいるのに責任も糞もないのに誰に向かって呟いているんでしょうか(ここらへん、僕もよく覚えていない。けど、そういう人だって不安を持っているんだろうと根拠もなく思っているのは俺がネガティブなせい?書いたの二月だもん、動機を覚えてられないし、この理由だってもしかしたら分かりやすいように曲げてしまったかもしれないもん。駄目だなぁ)。タイトルですけど、ないがいっていうんですよね。内外と無い外と無い害でないがいです。けど、この分け方は良く無いのかもしれない。2つに分けるのは理解とか考えやすくなるけど、どちらにも属さない何かが出てくるから。男と女と中性の方とかみたいに。知らないうちに排除してしまうのは嫌だから。

 

多分さ、最後の部分で握りこぶしを作ったとか書けば、ああこいつは何らかの感情を持ったんだと分かるけど、実際さ裏切られたわけじゃないし全部自分のせいだから、けど自分を否定したくないから書けなかったんだよ俺は

年明け数日のこと(雑記です)

校正はしてません。おやすみなさい。

 

年が明けてからすぐにメンタルがダメになりかけた。それは酒と年が明けてしまった事によって生まれたわけだが、就職やずっと続いてしまいそうな退屈というトラウマに負けてしまいそうな予感がやはりあって、ん〜これがモラトリアムの地獄絵図かぁなんて思ったりして。

けど、バイトを始めたり、オタクと創作しようぜっていう何かが始まった感じがあるのです。僕は文芸サークルなんてものに入ってはいるものの誰かに伝えたいメッセージなんてものは特にないから、文章を書く時には中身がスッカスカだったり解像度が低い場合が多いのですよね(これは決して抽象度が高いというわけではない)。やっぱり物語を書く時に自己表現だけじゃつまらないでしょ。だから感覚的で尚且つ伝えることができる音楽っていうのは、とても刺激的だと思うんだよね(どれも遊び程度だけどね)。

話を戻すと、新年明けて、3日に聖地巡礼に行きました。場所は江東区にある住吉から大島まで。これは僕が高校生になっから今までの間に続いてきた行事の1で、友達とだらだら喋りながら埋立地をカッポカッポするのよ。住吉で降りて木場公園へ、後にクローバー橋、そして荒川ロックゲート、最後にまた公園、今年も始まったということで大島神社に参拝とおみくじを、というパターン。最初は聖地巡礼が目的だったけど、回を重ねるごとにそれは薄れていって作品に対する情熱よりも懐かしさを持つようになっている。大学に入ってから2回目という事で、木場公園からクローバー橋までの間にあったコクトーの詩を見て気分が浮ついたり、高見順の「この埋立地」なんかを心の中で声に出してみたり、初めて人とインカメで写真を撮ったりする事をして、おぉ曲がりなりにも成長してるのでは?と思うのです。まぁ自分のルーツを確かめるための習慣なんて言えば聞こえはいいのかしら。僕はほんのたまに自分がかつて通っていた場所を通る時に、昔の自分の姿が見える(ような気がするような気がする)事があって、僕はそのうちに聖地巡礼をしてる時に自分と友達が目の前に現れた時に、この習慣こそが僕のルーツだと認識できるのかもしれない。僕が秋が好きなのは、恋チョコにハマっていたのが、まさにその時期だったことと、高い空と落ち葉の音がとても魅力的だからなんだよな。自分が好きな女の子の年を超えてしまった時の虚しさったらないよ。年上から同級生、そして年下になった彼女は、それでもしゅきなのです。

なんで、こんな事を長ったらしく書いたのかというと成人式の日に友達の家に行ったたからなんですよね。その友達は僕を二次元の女の子にガチ恋をさせたキッカケを作った友達なんですよ。僕を決定的に二次元に目覚めさせた友達。懐かしいなぁ…彼は簡易的な枕にもなるほどの分厚さを誇るホライゾンを読んで自慢してたっけなぁ。まぁ、それはとにかく、その友達の家に行ったんですよ。彼が死んでしまったのは僕が高校一年生の時でサッカー部の合宿があと数日でやってくると少し怯えていた時に誰かから聞いた(確かtwitterで、そこはかとなく呟かれているただならぬツイートを、見て誰かにラインしたと思う)んだけど、僕は彼とクラスが違ったし彼の両親ともあった事がないので葬式には呼ばれなかった(仕方ない)から、成人式の日に彼にスーツを見せに行ったわけよ。やっぱり彼が死んでから一回も線香あげてないし、会いたかったから。彼が死んだって知った時に涙が流れなくて自分は薄情なんだなと思ったし、あまりにも突飛な事だったから、現実感が無かったのかもしれない。よく分からないけどさ。まぁなんというか彼の顔は俺の頭の中でまざまざと思い浮かぶし、多分一生忘れないと思う。魂は生き続けるというのは本当なのかもしれないなと思うわけですよ。

ところで僕はレポートに追われているしテストも迫ってきている。ひえ〜という感じです。

やっぱり俺は時間を生きているし、俺の中で友達は変わらずに居るのです。

まずはテスト乗り越えて行くぞ、レポート重ねて行くぞ!

春休みには本読んで、音楽きいてつくってみたり、文章書いてみたり、人と会ってみたり、バイトしたり、いろーんなことをやったるで!

「浅い睡りを睡り」について

最近読み返した本の中で「浅い睡りを睡り」という記述があって、僕は、この短い文の面白さに気づきました。

ごめんケンちゃん…君の文体はとても特異だとは分かってたけど、ここまで偏執的だとは思わなかったよ。しかも君、これを初期のうちに書いたんだって?僕は君の長編を読んだことあるけど、これより偏執的な文章を書くようになっていたとしたら、君の面白恐ろしさをまったく理解していなかったよ。僕は君の暴力的な部分だとか性的な部分に熱中していたのだけど、その中身については考えることができなかったんだよ。ありがとう。

 

この「浅い睡りを睡り」を、どう説明したもんか、全くのノープランです。僕の掌には短めの生命線があります。それはどうでもいいね。

まず、「浅い睡り」は「睡り」に「浅い」というか形容詞が付いたものであって、他にも文章の形はあったはずなんですけど、もう完全に脳内で「浅い睡りを睡り」以外に考えられないのです。「浅い睡り」は無意識のうちに起きたり寝たりを繰り返す睡眠の事を指すと思う。んで、「睡り」は睡眠を指す。

ちょっと待ってくれ。なんで、そんなトートロジーみてぇな事をやってんの?と思う人もいるし、実際に僕も見落としていた。けど、その繰り返しが大切なんだと思う。「睡りを睡り」という言葉の繰り返しと、浅い睡りの特徴である寝たり起きたりの繰り返しとが、僕の中でスッと鳩尾にパンチを繰り出した。君は僕の鳩尾に、僕は君の肩口に、互いの落ち着く居場所を見つけタララ〜。

この短い文の中から脱出した(あるいは表現された)意味が、もう凄い。やっぱケンちゃんはすげぇよ……。

 

1月10日追記

正しくは「浅い睡りをねむり」でした。

1:11

この繰り返しの文章は物語に繋がっていると思う。

4日目

4日目
地下鉄は大分慣れてきた、というよりアプリを見つけてからすごい滑らかに行けるようになった。ナビタイムのロンドン版乗り換え案内。
アビーロードが工事していたのは不運だったし、ベイカーロード行ったら、よく分かんないまま(ホームズが住んでいたとされている番地がない?)ハイドパークに向かっている。

メモすんの忘れてた
三日坊主

3日目メモ

みっかめ
パディントンからブリストルまで行けると思ったが、なんか違うところから乗らないといけないらしくて、謎の無駄足を踏んだ。ほんと意味わかんねぇよ。けど時間に余裕があるし、今日はグラストンベリーに時間をかける予定だったから、余裕。昨日は現地ツアーだったけど、今日は完全に個人旅行だから、これぐらいはあるだろう。ポジディブに捉えていくぅ(帰ってくる時にウェストミンスター寄れるじゃん、という話です。)イギリス人の学生っぽいのいたけど、まゆげこかった。
今トンボみたいな、記号で表される飛行機みたいな雲があったから、上手くいくと思う。つーか、ちょっと高い電車乗れたよ。新幹線まではいかないけど、えぇっと日光にいく電車みたいな、新幹線ほど早くないけど、旅行に行く用の電車みてぇな、回転する席が何個かあるな。
なんかよう知らんけど、ファーストクラスの席おるんだが?それに椅子がフカフカぐらいしか変わらないんだが?まぁラッキー。クソ田舎、家すらねぇ景色がある。
乗り換えで50分間待機。きっと、観光できるのは1時間ぐらい。笑える。なんで、あのチケット売り場のお兄さんはパディントンからブリストルまでのチケットをくれなかったのだろうか。なぜわざわざ乗り換えをするチケットを用意したのか。なんだ?人種差別か?けど、個人旅行っぽいイベントで逆に嬉しいわ!(全然嬉しくない)
乗り換え成功、少し腹が減った。3両編成で田舎臭さが増している。正直に言うと電車に乗って座る席探してたら神谷奈緒ちゃんがいた気がしたけど、気のせいだった。
ブリストルに着いて、5分後にバスが来るということだったので、急いで向かってみるが、いまいち方向がわからない。焦って探すも5分を過ぎ、あーこれは30分後かなと思った時に、1番最初に見たバス停へ戻ったら、そこには786のバスが来ていて、飛び乗ったんヨ。日本でさえバスが時間通りに来るのが難しいのに、なんできっかり来ると思ってたんだろうね(笑)やっぱり焦ってたんだなぁ。しかもこれ、グラストンベリー直通かわからんし、ものによっては乗り換えないといけないらしい。

写真とビデオを見ろ

イギリスの幼女がありえん可愛い…!ダレノガレを小さくした感じで、ありえん可愛い…メイクしてんのってくらいまつげギャンギャン鬼、たぶん八重歯が欠けていたのがチャームポイントにしてしまうあたりが、 絶対さの反証だで。
イギリスのポストも赤色か?
バスの二階から風景を見てるんだけど、俺らが田園風景をなんもねぇ〜と思ってるのと同じように、イギリス人もこういう景色をなんもねぇーと思ってるんだろうなと思った。まぁ田園風景も綺麗なんやけどね。逆に気づかされたという。
というか、片道5時間とかキツすぎる。電車を逃したり、パディントンから一本で行かせてくれなかったりしたからなんだけど、あまりにも長い。
バス寝てたら着いた。電車がよく分かんなくて逃した、パディントンには8時ぐらいに着くんかな?にしてもナショナルレールくそ難しくないか?もう乗り換えとか無視してパディントンいくもん。知らないもう知らん。英語できても人と話せないのかとは、さすがに口に出せなかったが、多少は思ったりした、まぁしかしナショナルレールが1番悪いことは明らかであります。
乗ったけど、ビクトリアからホテルまで走るのは嫌でさ、恥ずかしくない?もう盗まれてもいいし、どうでもいいから。英語できないから、心配事にならないことが多い。そういうところで友達には知らないうちに感謝すべき事が死ぬほどあると思うんだわ。無知の知みてぇな感じよ。
乗ってて思ったんだけど、そもそもチケットを用意したクソ野郎がパディントンからブリストルまでのにすりゃあ良かったんよ。なんでパディントンで買ってんのに違うところから行けって言うんだ?マジで人種差別なんかなぁ?腹立ってきたぞ…
6時半にホテルを出て、14時過ぎに目的地に着く(7時間)16時ぐらいのバスに乗り18時の電車に乗り、ホテルに着いたのは8時半ぐらいか。(2時間半くらい?)どうすかね?

2日目メモ

2日目 スコッツウォルズまでの道 天気は曇り時々雨。19度ぐらい。服装はユニクロでかえる風除け雨除けジャンパーの下に長袖シャツ長袖下着。下はストレッチジーンズ。高校生の頃にあった長野のひたちなか合宿での早朝散歩のように肌寒いぐらいから過ごしやすい。
電車でパディントン行きにのりGloucester Roadで現地ツアーに参加(羽田で予約)。多分だけど、2日目に現地ツアー(日本語)に参加できるの最高かもしれん。やっぱり自分たちで調べなくていいっていうのは楽だし、車だし、(電車で、個人で行く場合と比べて)安心感が段違いよ。多分だけど、現地ツアー申し込まなかったら、「え?マジで行くん?」「え?逆に行かないの?」という下手な会話をして、嫌になったかもしれんよ?
アウディ BMW ベンツ ヴォルクス プリウスが走る。左ハンドルかと思ってたけど、右ハンドルばっかりだし、日本の高速道路と変わんないなぁと思う4車線。マジで周りは木ばっかりで、東北自動車道(友人談)みたいだ。

2日目 第一の村
石造りの街、スワン押し、ほとんど私有地、地元の風景にも似た緑、懐かしさ?
(何か発生した時、連絡)
第二の村、スワン押し、川のほとり、雰囲気良さげ。めっちゃ腹いっぱい
第3の村
ロードオブザリング、エコバック買った、よくわからん教会
第4の村
茅葺屋根の家、教会

帰り道にて。
写真を、見た方が早い。ただ名前が知りたい。つーかバスのメーカーはベンツっぽいし(シートにベンツのマークが入ってた)鬼のように運転するし、エンストしたし、凄かった。
スーパーマーケットで明日の飯を買うべきか。結構近場にスーパーがあるのはありがたく、昨日もお世話になった。なんかババアが優しくて袋は金かかるって教えてくれたし、なんか大丈夫なきがする。むしろ注文しなくていい分、楽なのよ。昼に食ったフィッシュアンドチップスなんて、読めなくて友達に任せたもの。ソースも。飲み物は自分で「スプライト」と言ったけど、やっぱり注文は難しい。あと、お土産買ってておもったけど、受け取る時サンキューと言ってたけど、外人と比べたら声が小さいかもしれん。それは直そうかなと思いました。
横で爆睡してるやつは夜ご飯をバーキンにするらしいが、寝起きのテンションや気分で面倒なことになりそうだな。それにお互いが「どっちでもいい」を怖がってるみてぇな、本当にどっちでもいい、というわけではなく、お前がそうしたいなら俺は従うけど?ぐらいのスタンスであることを忘れちゃいけないな。あと、バーキンでお持ち帰りか、その場で食うかが判らん。多分だけど店で食うっぽい。俺はホテルで食いたいが、気をつけないと「どっちでもいい」に区分されると思う。だから、せめて店で食うことも覚悟しておく。ちもぅとねゆ
友達もスーパーで適当に買って食うことした。ラッキー。あとは帰って飯を食べ風呂入って、寝るだけ

1日目のメモ

飛行機内
最初は快適かと思われたか、日本の映画の少なさ音楽の少なさ(ロジャーウォーターズの新譜はある)。11時間も乗っているせいでケツが痛くなる。飯は何にするかと聞かれても英語だったのでちんぷんかんぷんよ。あとめっちゃ寝にくい。
そんで少し寒かったからブランケット、あと赤ちゃんがいて、夜泣いてたりしていて、オオーンネレネェということでした。まぁいいんだけどね。
なんかトイレまじで並ぶんだが…お前らもっと早くトイレできへんか?
ニキビができていた。新しいやつだ。ささくれも心なしか悪化している気もする。

ドーハ
トランジットインカタール
トイレに入ったけど全体的に甘ったるい匂いがした。手洗いはセンサー式で、石鹸も甘ったるいにおした。
空港内に電車が走っていて、ゲードを移動した

ドーハ ロンドン(機内食
タイ米死ぬほどまずい、日本国内で味わえない不味さ…レモンの風味があるのが余計にまずさを拍車をかける。
サーモンは普通、より上手いかもしれない。
サラダもよくわかんない種見たいのに、やたらめっちゃか味の濃いチーズを入れてピーマンやらパプリカで誤魔化している。
いや、もしかして、もうしかするかもしれせんよ?塩と胡椒が置いてあるということは、自分で調整をしろということだったのではなかろうか?。私たちはそれを調べるべく帰りの飛行機への期待を膨らませた。2度とこんなもんくいたかない。なんで?こんな、マズイの?パンとかでもマズイのあるとか致命傷すぎない?もうね、味が鉛筆、なのにパン。
ケーキとシャケ蒸しが死ぬほど美味く感じたもの……。

もしかして、別世界に来てしまったなぁと思う。日本語通じねぇし、飛行機ばっかり乗ってるし、これ日本に帰った時の安心感がすごそう。もうホームシックでございます。お前ら飛行機が揺れても驚かないのに、地震だと騒ぐんか?

ヒスロー空港
もう、すでに眠い。そりゃ20時間近く飛行機に乗っていれば、横になって寝たくもなってくる。入国審査は、事前に書く紙とかを書いてたおかげが、はたまた学生だったからかは分からないが、スムーズだった。俺は喋ってねぇけど
オイスターカードを買った。中学生の使う英語で通じたのは嬉しかった。あと、はじめて金を使った。いやん!
- [ ] いまは電車に乗ってホテルへ向かっています。眠いです。こうしていても、頭がグラングラン揺れてしまいます。日本とイギリスの電車は同じような雰囲気を持ってるので、少し嬉しかったです。あとえば、江ノ電みたあな駅がたくさんあるし、東武アーバンパークラインのような駅もある。野原にある墓を通り抜け、向日葵とトウモロコシが育てられている畑を抜け、煉瓦がひとつかふたつかけてる家を過ぎる。めち「くちゃねむい、寝させてくれ〜。オイスターカードは運賃の上限があって、それを超えるとそれ以上は加算されない。ねむーい、あとあと四つの駅たさだ。

1日目のおわり
ホテルに着くと、疲れがすごくて飯とか歯ブラシとかを買いに外へ出かけるとスーパーが近くにあって、そこで買うことにした。レジのババア優しくてレジ袋のシステムとか教えてくれたからサンキューといった感じ。
そこからは、もう飯食ってシャワー浴びで歯磨いて寝る。シャワーも普通だけど、たけ付けが悪くて少し閉めにくい。布団はホテルのやつ。写真よりあは黄ばんでたけどね。